コラム「中小企業の事業承継(重要なのは人間力)」

 「事業は手続きさえ踏めば継承できる。しかし、経営の継承は思うようにいかない」。これは私、大西正曹が四十数年間にわたり中小企業を実際に訪ねて創業経営者と膝を交えるうちに、幾度となく耳にした嘆きの声である。事業継承は非常に難しい問題であり、また決して逃れることのできない宿命と言えよう。しかも中小企業を取り巻く環境は、今後も決して楽観視できるものではない。こうした中、これから事業を継承する経営者、すでに継承している二代目、三代目に求められる最も重要なもの。それは一人ひとりの「人間力」だと言われている。ではいったい人間力とは何なのか。その定義については、多くの著名人が指導力や統率力などと唱えている。一般的な経営者向けセミナーで「コーチング」や「リーダーシップ」の講義が展開されるのもそのためだろう。
経営者に指導力やリーダーシップが欠かせないことに異を唱えるつもりはない。しかし事業を継承した経営者には、創業者とは違う人間力が求められる。それは多くの従業員ならびに取引先と「いかに信頼関係を構築できるか」であり、私はこの点に注力した勉強会を発足、継続して開催している。
勉強会で毎回心掛けているのは「講師と受講者による双方向のコミュニケーション」と「受講者どうしのコラボレーション」、そしてそこから「新たなビジネスチャンスを創造する」こと。そうした目的を達成するためにも、前回の勉強会でクローズアップしたテーマが「アサーション」だ。
アサーションとは、ひと言で言えば「お互いが対等な立場で話ができる関係づくり」。コミュニケーションを図る上で相手をどう認識するか、あるいは自分をどう表現するかは、双方認識の大きなポイントとなる。アサーションの手法では、たとえ相手が自分にとって不本意な言葉を投げかけてきても、いきなりバットで打ち返すのではなく、いったんミットで受け止めてから投げ返す。これを繰り返すことで、真の相互信頼が育まれていくのだ。
失礼を承知で言えば、二代目、三代目の経営者は、従業員からすれば“ポッと出の新人”のようなもの。取引先には“単なる若僧”と見る向きもあろう。こうした状況からの脱却を図り、揺るがぬ信頼関係を構築するための礎を築くには、このアサーションこそ重要ではないだろうか。逆説的には、先代からバトンを受け取った若手経営者に最も欠落している部分だとも言えよう。
伝統と実績を大切に受け継ぎながらも新しい時代を切り拓こうとする若い事業経営者は、ぜひアサーションのスキルを積極的に身につけ、広くて深い本物の人間関係を築いてほしいと切に願う。

※アサーション
自分の中で他人に対してある気持ちが沸き上がってきた時、相手をやり込めようとせず、相手の気持ちを配慮しつつ、その気持ちを伝えられること。

大阪シテイ信用金庫『調査季報』2015年10月号