コラム「足もとに眠る「地財」の発掘が未来を拓く」

エスカレートを続ける米中貿易戦争、最悪のシナリオとも言われるイギリスのEU離脱、世界規模で猛威を振るうコロナウイルス。令和という新時代が動き出したばかりだというのに、日本経済の先行きは視界不良どころか、一寸先も見えない状況です。たちこめる闇の中、いかにして進むべき針路を見いだしていけばいいのか。苦悩に顔をゆがめる中小企業経営者の姿が目に浮かびます。
私は過去およそ40年間にわたり、あらゆる業界の中小企業を訪問してきました。「まいど!」の掛け声とともに、三日にあげず通い詰めて顔なじみになった経営者も多く、「まいど教授」のニックネームで呼ばれるようになったのです。多くの経営者と胸襟を開いて話すなかで、逆境をしのぎ切った、ピンチをチャンスに変えて成功をおさめた企業の共通項が見えてきました。それは海図なき時代をさまよう中小企業にとってのコンパス(羅針盤)とも言えるものです。ここではそうした私の研究成果の一端をご紹介します。
 まずお話ししたいのは「モノからコト、差から違いへ、発想の転換」。これは従来の常識だった「どんなモノをつくるか」といった視点から、モノづくりで培ったコンテンツを「どんなコトに使えるか」といった方向から見直すものです。「差から違いへ」についても、考え方は共通しています。同業他社と同じ土俵で戦う場合、製品やサービスの差は小さくなり続けます。値段が安い、納期が早いといったわずかな「差」では、仕事を発注する側からの十把一絡げ的な扱いから抜け出すことはできません。ライバル企業と「違い」の明確な製品やサービスの使い方、あるいは市場を見いだすことが、過酷な生存競争を生き抜く道です。
こうした経営改革のヒントは多くの場合、企業の足下にあり、私はこれを「地財」と呼んでいます。特定の地域産業や業界、企業に眠っている技術やノウハウ、人材、ネットワークを指すものです。皆さんもぜひ、自社に眠る「地財」を掘り起こしてほしい。混迷を極める時代だからこそ原点に戻り、わが社の強みは何だろう、弱みは何だろうと思考を巡らせ、モノからコト、差から違いの視点で見つめ直してほしいのです。
 ではここで、実例として見事な復活劇を遂げた企業をご紹介します。同社が扱う製品は、本誌をご覧の皆さんにとっても身近な製品「ブラシ」です。現在、こうした生活用品は、ほとんどが海外諸国で製造されています。たとえ日本のブランドで流通していても、実態としては海外メーカーによるOEM生産がほとんどです。そんななか私が調査したその企業は、現在の厳しい状況にあって新たな旅立ちに成功しました。その大きな要因が、「お客様の視点による自社の見直し」です。
同社には設立以来、多種多様のブラシを高品質、短納期で作ってきた実績があります。しかし、この路線でいくら頑張っても、外国製の安価な製品に市場を奪われていくばかり。もし同社の経営者が忍耐こそ美徳と考えるタイプであれば今ごろどうなっていたか、想像に難くないでしょう。とは言え、別の市場へ無策で乗り込んでも勝ち目はありません。そこで同社の経営者は、次のように考えたのです。
「わが社の取り扱う“モノ”の総数は減少傾向にある。しかし、わが社には多くの取引先との契約実績、そして信用がある。これをもとに、直接お客様から困っている“コト”をお聞きしよう」。
かくして同社の社員一人ひとりが取引先へ出向き、経営者はもちろん工場の従業員からどんなコトに困っているのかをヒアリングしたのです。
「シャッターの隙間から虫が侵入してくる」「機械の内部に粉塵が溜まって除去できない」。予想の斜め上を行く回答は、ブラシの開発に煮詰まっていた同社にとって、宝の山を発見したに等しいものでした。ボトムアップの風土が息づく同社では、さっそくお困りごとの当事者と協議しながら試作品作りを開始。トライ&エラーを繰り返しながら、次から次へと問題を解決し、業績も急上昇していきました。まさに自社の得意な技術をお客様の視点から活かすことによって伸びた好例です。
日本の経営を支える多くの企業に、きっと御社の足下にも解決策は眠っています。ぜひ皆さんも「わが社が培ってきたモノが、どんなコトに使えるのか」を見つめ直してはいかがでしょう。

大阪シテイ信用金庫「調査季報」2020.4 211号